こんにちは、もしくは、こんばんは。
ハッピーライフ研究家/Be意識(びいしき)トレーナーのさんちゃんです。
本日は「人に認めてもらえるコト」についてお伝えします。
誰だって自分以外の誰かから「凄いね!」と言われて、
嫌な気分をするコトはないんじゃないでしょうか?
「いや〜そうでもありませんよ〜」と言いながら、心の中でホクホクしたり。
「ようやく自分のコトを理解してくれる人に巡り会えた!」と感動を覚えたり。
いずれにしても、人から褒められたり、認められたり、理解されたりして
「はぁ?!」ってなる人は…
ぶっちゃけ、ゼロだと思うんですよ。
「いや!私は『はぁ?!』ってなる!」と思う人がいらっしゃるなら、お金払ってでも是非ともお話を伺いたいです。(本気ですよ)
それくらい、人間という生き物は「自分」という存在を他者から認められて喜ぶモノだと思ってます。
だからと言って「自分を認めて!」とか「私のことを分かって!」とか「凄いって思われたい!」とか
「見て見てちゃん」、もとい「構ってちゃん」だと疲れちゃいません??
と、さんちゃんは思ってます。
どんなに「自分を認めてー!!」と声を大にした所で、認めるかどうかは他人が決めるコトだから、
ソレに固執しちゃうとハッピーライフを過ごせませんよ?
と申し上げてきました。
ですが、本日、さんちゃんは改めて気付いたんです。
認められて、最も自分が嬉しく感じる瞬間を。
それは誰かに認められたくて、必死に頑張った時でしょうか?
いいえ、(さんちゃんは)違います。
なぜなら、「認めて欲しい!」と自ら思って取ってる行為なので、
認められた所で
「うん。知ってた」
と思うんですよ。
ガッツリそう思うんじゃないですよ!
おそらくガッツリ思うのは、
「やったー!認めてもらえたー!今まで頑張ってきて良かったー!私の努力は報われたー!」
だと思うんです。
ですから、「うん。知ってた」はすごーく小さな存在です。
ただですね。
「認めて欲しい」がある以上、認めてもらうコトを終着点として行動してる訳ですから、
目標を達成した喜びはあれど、想定内なんですよ。
だから、喜びの内容は「良かった!私は間違ってなかった!」という安堵に近いと思うんです。(経験談)
ですが。
「他人が認めるかどーかなんてどうでもいい。私がやりたい!と思うコトをやるだけ」
というスタンスで取った行動が認められた時。
目からボロンボロンとウロコですよ(笑)?
褒めて頂く度に、「え?!そんなつもりじゃ?!」と思いつつ、
「え?!そんなに喜んで頂けるコト?!」と思いつつ、
「私が楽しくてやっただけなのに?!」と思いつつ…
「うぇーい!嬉しーー!ありがとー!!」と
純粋な喜びがやって来るんです。
想定内の喜びと想定外の喜び。
どちらも訪れると嬉しいモノですが…
どっちがより嬉しい?と訊かれたら、
後者じゃないでしょうか。
ちなみに、「認めて欲しい」を目的として取った行動が、
もし、認めてもらえなかったら、どんな気分になると思いますか?
お母さんに認めて(褒めて)欲しくて、家のお手伝いをめっちゃ頑張った!
のに、お母さんから「そんなコトする暇があるなら、勉強してテストで良い点取りなさい」と
言われた時を想像してみて下さい(笑)。
つまり、どんなに他人から「認められたい!」と思って行動しても、
確実に認めてもらえる保証はナイんです。
なぜなら、認める基準を決めるのは自分ではなく、他人だからです。
「認めて欲しい」を目標にしてしまうと、
認めてもらえなかった時に、嫌な気分になってしまうんですね。
「こんなに頑張ったのに、理解してくれないなんて!」と相手を責めたり、
「これだけ頑張っても認めてもらえない自分はまだまだダメだ…」と自分を責めたり。
どちらにしてもハッピーマインドではないんです。
それが、「認めて欲しい」気持ちゼロで行動したら、
他人に認めてもらえなくても
認めてもらいたくてやってる訳じゃないから、気になりません。
自分が嫌な思いをするコトがないんです。
自分がやりたくてやってるだけですからね。
そこに、他人からの承認があれば「嬉しいサプライズ!」になるんだと。
本日、改めて実感しました。
更に言うなら、「認めて欲しい!」と思って行動していた時より、
「やりたいコトだけやるぞよ!」と思って行動している今の方が、
他者からの承認が得られます。(経験談)
というより、他者からの承認を見逃さない(小さな承認でも喜びを実感出来る)、という感じでしょうか。
そんな人体実験の結果もありまして。
改めて、ハッピーライフ研究家の心得その2を申し上げますよ!
「やりたいコトだけやりましょう!やりたくないコトはやめましょう!」
(詳細はコチラ)
まーじーで!
その方が幸せになれますよ!
れっつ!死ぬまで毎日ハッピーライフ!